行事紹介
60期生の皆さん、61期生の皆さん、卒寮おめでとうございます。64期生の皆さん、65期生の皆さん、入寮おめでとうございます。また卒入寮生のご父兄の皆様、本日は誠におめでとうございます。
松尾育英会の学生寮卒入寮式にあたり、私が卒入寮生の皆さんにお話したいことは、卒寮生入寮生のみなさんともに、専門的な深い知識や優れた技術を持ったプロフェッショナルを目指して勉強していただきたいということです。戦後日本は、基礎的な欲求を満たすための産業構造になっていました。経済的に貧しく、今ではどこの家庭にでも普通にあるようなものすら満足に揃っていない、そして人口が急激に増えていくという社会では、同質なものを安く大量に生産するというものづくりになっていました。そういった時代に必要とされる人材というのは、総合力の高い画一的な人材でした。それを育てるためには1つや2つA+があって、後は全部Cというような偏った才能の人材ではなく、平均より少し高い総合力のあるオールBの人材を育てようとします。つまり、同質な人間を大量生産するということをしていました。
当時はそれが機能して、日本は豊かな国になったわけですが、国が豊かになり人口の増加が止まるとそれが機能しなくなりました。そういった社会では、文化的な欲求を満たすための産業構造が必要となってきます。人と同じものではなく自分に似合うものが欲しい、自分の好きなものが欲しいといった欲求に応えるためには、新しく物を作っていかなければなりません。その新しいものを作るためには、新しい知識と新しい技術と新しいマーケットを開発していかなければなりません。そのために必要な能力というのは、創造性であるとか、感受性であるとか、遊び心といった能力でありまして、それを育てるためには画一的な同質なオールBという人材ではなく、後はCでもいいけれども1つや2つ必ずA+がある人材といった、しかも多種多様な人材を育てなければなりません。なぜなら、新しいものというのは同質な人間が集まったところでは生まれにくく、異なる考えや異なる能力が集まったグループから生まれやすいからです。
残念ながら日本ではまだ変化が十分ではなく、いろんな意味で世界から遅れてきてしまっています。そこで卒寮生の皆さん、もうすでに就職されている方は、今自分が働いているところで自分のどの能力で勝負していくのか、どの能力を伸ばしていけば自分のキャリアがつくっていけるのかということをよく考えて、それを徹底的に勉強してください。まだ大学で学ばれている方は、更に深くそれを勉強して、それを十分活かせる仕事を見つけてください。そして、自分の知識をさらにアップデートできるように勉強を続けていってください。
そして、新入寮生の皆さん。入寮生の皆さんは今アメリカの大学というのは外部の専門家を招いて、これから伸びていく産業はなにかということを見極めて新しい講座をつくっていきます。残念ながら日本はまだそこまでいっておりませんので、皆さんは自分たちでこれから何が伸びるのかを、どの産業が伸びるのかを考えてそれを学んでいかなければなりません。
ただ、心配しなくても大丈夫です。皆さんには松尾育英会の同窓会という多種多様な才能や経験を持っておられる先輩方がいらっしゃいますので、その方に年に2回か3回は一緒に同席して勉強をさせていただくというか、意見を聞ける機会があります。ただ、今のようなコロナ禍の状況ではなかなかそれができませんが、ホームページの方に相談窓口というのがあるはずですから、そこで質問されれば、きちんとした答えを返してくださると思います。
また、これはいつも言いますが、英語をしっかりと勉強してください。インターネットの世界でも今スピードの速い情報とか優れた情報、内容のしっかりした情報というのはほぼ英語です。英語がわからなければなかなか速い情報は手に入りませんので、しっかりと英語を勉強してください。今ネットでアメリカの大学の授業をオンラインで受けることができると思います。自分の英語の実力がどのレベルにあるのか、自分の専門の勉強を英語の講義を聞いて理解できるのかを一回試してみるのもいいかと思います。
先ほど、A+が一個か二個あれば後は全部Cでいいというようなことを言いましたけれども、それはあくまでも一般論でありまして、松尾育英会の寮生はオールA+を目指して頑張ってください。本日は誠におめでとうございました。
今年は昨年コロナ禍で延期された卒入寮式と合わせて、合同の卒入寮式となりました。昨年卒寮された7名の方、今年卒寮される6名の方、昨年入寮された5名の方、今年入寮される4名の方、誠におめでとうございます。また、そのご家族の方々のお喜びもいかばかりかと存じます。
この1年余、コロナ禍のせいで極めて異常な大学生活を経験されたことと思います。ウェブでの授業が中心で、対面のゼミや実験が制約され、同級生とのコミュニケーションもままならない、そんな中で松尾育英会学生寮に在寮された皆様は、専門分野あるいはバックグラウンドが異なる寮生仲間とお互いに刺激を与え合い、またウェブ環境も整備され、極めて有意義な学生生活を送ることができたのではないかと想像しております。
今年の大学の授業はおそらくワクチン接種の進展などもあり対面の方向にシフトしていくのではないかと思いますが、なお一定の制約があるものと思います。しかし入寮生の皆さんには恵まれた松尾育英会学生寮の環境の中で、ぜひ充実した学生生活のスタートを切っていただきたいと思います。
このコロナ禍の影響で勉学研究ばかりでなく、雇用や生活、生産あるいは、旅行など各分野で今後大きな変革が生ずるものと予想されます。本日は皆様方に、研究学問分野におけるいわゆるパラダイムシフトの速さ、ダイナミックさについてぜひお話をしたいと思います。自然科学や工学ITの分野では、技術、理論の変革の速さ、ダイナミックさはその例に枚挙に暇がないと思われますが、私が関与してきました経済政策運営、経済理論の分野でも経済市場の変遷には驚くべきものがあったと感じております。ちょうど私が50年前に卒寮し、大蔵省に入省しましたが、その頃はケインズ経済学が主流で、インフレを金融政策で抑え不況になると財政出動するといういわゆる理想的なポリシーミックスが有効であると考えられていました。日本でも狂乱物価には金融抑制で対応し、一方で福祉元年とか列島改造というようなことで財政出動が図られました。
ところが、1970年代あるいは80年代にかけまして、フリードマンに代表されるマネタリストの台頭、あるいは合理的期待形成派の出現によりまして、財政政策やこれまでのケインズ政策の限界を強調する立場が主流となりました。レーガン、サッチャーによる新保守主義、日本でも中曽根政権の行革そういった経済運営が行われ、金融政策が万能であってグローバルにも2%のインフレ目標というのが世界標準となってきました。
ところで、1990年代に入りますと、特に日米の貿易不均衡の是正をめぐりまして、アメリカから強く求められたこともあり、日本では財政、金融ともに極めて拡張的な運営が行われました。その結果バブルが生成し、また崩壊し、その後長期にわたるデフレ、長期の経済停滞に陥ったところであります。これに対しアベノミクスで金融政策の思い切った緩和やインフレ目標が求められ、日本銀行により異次元緩和に繋がってまいりました。一定の効果があったとも考えられておりますが、持続的な効果に至っているかどうかはなお疑問があるところであります。
この間、欧米でも、景気回復の鈍さ、長期停滞への不満、さらには経済格差拡大への批判が加わって、財政出動を求める議論が高まってきました。それを支える理論として、MMT(Modern Monetary Theory) が起こり、金融政策には効果がない大胆な財政出動を要請するような主張となっております。そこにこのコロナ禍がありました。金融では企業個人の資金繰り支援を図りつつ、財政で思い切って雇用や消費、生産を下支えする、そういう経済運営が行われております。さらに近時はグリーン、脱酸素化やデジタルトランスフォーメーション、こういうことが経済運営の課題となっています。今後コロナかから脱するときに、どのような経済運営になるのか、財政金融政策がどんな役割分担になっていくのか、この間の政策の反省も含めなお今後オープンに議論されていくのではないかと思います。
そこで、皆様方にお願いしたいことを申します。まず卒寮生の皆様にお話したいことは、やはり大学の或いは大学院で学んだ理論知識は陳腐化したり、新しい事態に対応できないということがあります。ぜひ知的な好奇心探究心を維持して、理論知識のブラッシュアップの努力をお願いし、新しい事態に対応できるような人材に育っていって欲しいと思います。また、新入寮生諸君におかれましては、専門分野の学問体系の習得に努められるのは当然でありますが、その基礎や背景に流れる主張哲学も捉え、現在の通説やパラダイムに批判的に臨む、そういう姿勢も身につけていただきたいと思います。
最後に、14世紀のイタリアのペスト、これがボッカチオのデカメロンをはじめ、ルネッサンス芸術を産んだとも言われています。また、17世紀のイギリスのペストは、ケンブリッジ大学を休校に追い込んだため、田舎で過ごしたアイザックニュートンがその間にニュートン力学の基礎を築いたと言われています。さらに1918年のスペイン風邪ですが、参戦した米軍がヨーロッパ大陸に持ち込み、結果的にスペイン風邪が第一次世界大戦を終わらせたとも評価されております。このような歴史にも思いをいたし、皆様方にはコロナ禍を吹き飛ばして、初心を忘れずに勉学研究、あるいはさまざまな活動職業に頑張っていただきたいと思います。本日は誠におめでとうございました。